コラム

COLUMN

アバター面談

2026.03.18

院長コラム東京編

最近のテレビニュースで、ある人物が知らない間に「自分になりすましたアバター」が企業の面談を受けていたという事件が報じられていた。AI関連企業の採用面談で、本人ではない第三者がその人物になりすまし、Zoomを使ったオンライン面談に参加していたというのである。企業側は当初まったく気づかなかったらしい。リモートワークを前提とした採用活動が一般化している現在、このような出来事は決して特殊な話ではなく、むしろ今後頻繁に起こり得る現象なのかもしれない。
考えてみれば、現代の生成AIは、映像や音声を極めて自然な形で作り出すことができる。少量の写真や音声データさえあれば、その人物そっくりの動画や声を生成することができる技術がすでに存在している。いわゆる「ディープフェイク」と呼ばれる技術である。かつては映画や研究用途に限られていたこの技術も、今では一般のパソコンやクラウドサービスを使えば比較的容易に扱えるようになった。その結果、便利な技術である一方で、なりすまし犯罪の温床にもなり得るという問題が指摘されている。
もし誰かが他人の顔や声をAIで再現し、その人物のアバターとしてオンライン会議に参加したとしたら、画面越しの相手はそれが本人かどうかを見抜くことは難しい。特に採用面談のように初対面である場合、企業側は本人の本物の顔や声を知らないことがほとんどである。履歴書の写真と画面の人物が一致しているように見えれば、それだけで信用してしまう可能性が高い。今回の事件も、まさにその盲点を突いたものだったのだろう。
このような問題は、単なる採用面談にとどまらない。例えば企業の重要な会議、取引先との商談、あるいは医療や教育のオンライン面談など、顔を見て会話をするリモートコミュニケーションの場面は急速に増えている。そこにAIによるアバター技術が入り込むと、「その画面の向こうにいるのは本当にその人なのか」という根本的な問いが生まれてくる。これまで私たちは、顔と声を確認できれば本人だと信じてきた。しかしAIは、その前提を静かに崩しつつある。
一方で、アバター技術そのものが悪いわけではない。むしろ、遠隔地にいる人が仮想空間で交流したり、身体的な制約を超えてコミュニケーションしたりするための強力な道具にもなる。例えば病気や障害で外出が難しい人が、自分のアバターを通して社会参加する未来も考えられる。また、言語を自動翻訳しながら会話するAIアバターなども登場しており、国境を越えたコミュニケーションの可能性も広がっている。
問題は、技術の進歩に対して社会のルールや倫理が追いついていないことである。本人確認の方法、AI生成コンテンツの識別、あるいはデジタル人格の管理など、新しい制度設計が求められている。すでに海外では、AIによる生成映像に「ウォーターマーク」を埋め込む研究や、本人認証のための生体認証技術の強化などが進められているが、まだ完全な解決策は見つかっていない。
もしかすると、これからの時代には「画面に映っている人が本物かどうか」を確認する新しい作法が必要になるのかもしれない。かつて電話が普及したとき、人々は「本当にその人が電話口にいるのか」を疑うことはほとんどなかった。しかし今では、電話のなりすまし詐欺が社会問題になっている。同じように、映像や音声もまた「信じることができない時代」に入りつつある。
AIの進歩は、人間社会に驚くほどの利便性をもたらす一方で、人間同士の信頼のあり方そのものを問い直している。アバター面談という一見小さな出来事は、実は「人間とは何か」「本人とは何か」という深い問題の入口なのかもしれない。私たちは今、顔や声だけでは証明できない「存在の証明」という新しい課題に直面し始めているのである。

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